表参道とはどんな町か

町の様子を客観的に考えてみる

高級住宅街としてよく知られていると言っても過言ではない、表参道という町について当たり前な基本情報から見ていこうと思います。そもそも『表参道』とは、『青山通りから明治神宮の神宮橋交差点に至る区間』のことを指しているのが、国が指定している標識上のものであって、実際に住宅街としての性質が与えられたのは大分後だと考えた方がいいのです。その立地条件から周辺は若者の街として常に賑わいを見せている原宿も近く、行き交う人の年齢層は老若男女問わず多く見られる。とはいえ、表参道と原宿では歩いている人の年齢層は大分異なっている。大雑把に言ってしまえば、

  • 表参道:20代・30代の社会人として自立して、経済的な余力を持っている人
  • 原宿:10代を基本とした、そこまで経済的な部分で余裕のない人

こんなところだ。中には10代で何十万と買物をするという人もいるかもしれませんが、そんな人は極めて異例でしょう。

原宿と表参道、その距離は本当に短く歩いて10数分程度の距離となっている。そのため、実感は少ないと感じる人も多いはず、それだけにこんな短い距離でここまで行き交う人の年齢層は異なっているのかと、そうとも感じられてくる。ほとんど同じ町ではないのかと言えるのではと思う。

そんな表参道ですが、歴史を紐解いてみると由緒溢れる時間がこれまでの間刻まれてきているのです。

憧れの都会暮らし

表参道の歴史

表参道という町がその歴史の幕を上げたのは、1919年のこと。明治神宮が創建される前年度にて正面側参道として整備されたことから、その歴史が始まっていきます。ここから言えるのは、あくまで表参道とは、神様を詣でるために作られた人が通るための道というわけだ。住宅街などというものはなく、大勢の人がより多く明治神宮に祀られている八百万の神々との邂逅をするため、といった感じだ。その後整備は続けられて自然も植林することで現在の、都会でありながら緑が沢山あるという状況が構築されていきます。

一つの転換期となったのが、世界大戦に敗戦した後のことだ。その頃になるとアメリカ軍の中継地点として活用されることとなり、それまで存在しなかった多くの店舗が設立されるなどして近代的な趣をより高めていったのです。それからというもの、表参道はすさまじいスピードで発展を続けていき、しばらくすればこの町は現在のような店舗が数多く集中するまでに発展していき、静かなのがウリだった町並みが活気づいた、若者文化・流行の地として栄えることになる原宿として、そして表参道はトレンド最先端の、大人向けの待ちへと変貌していった。

元々活気からは縁遠い町並みだった

よくある話ですが、過去現在と遡って行くと町の様子が異なっていると感じるケースが非常に多い。自分たちがこれまで暮らしてきた町が、かつては何もない更地だったと言われても実感が湧かない人も多いでしょう。表参道もそう、明治神宮のお膝元として道路を整備されたという点を除いては、実はその当時は店という店は殆ど無かったような、辺鄙なところだった。それが世界大戦後、日本が敗戦国として連合国軍からの支配を受けている頃になったら、アメリカ軍の中継地点だったこともあり、店舗が続々と出現するようになっていく。

今の表参道からはとても想像できない要素と言ってもいいでしょう、喧騒に包まれてとてものどかな雰囲気にあるとは決して言えない町として印象がない人には、信じられないかも知れません。

高級住宅地ってどうなんですか

表参道に広がる自然豊かな場所

喧騒に包まれた都心に位置しているため、どうしてもうるさいイメージしか頭がない人もいるでしょう。それは人通りの多さから来るものであって、年がら年中煩いわけではありません。それこそ夜中の表参道となったら、人の気配が殆ど無くなってしまうので逆に不気味かもしれません。何かの怪談が生まれてもおかしくない状況が構築されていたとしても笑えないのが難点でしょう。幽霊などとオカルトチックな話を出すつもりはありませんが、表参道にはかなり広い霊園がある。

『青山墓地』という、青山屋敷の跡地として現在では霊園としての顔を持ちながら桜の名所としても知られているこの場所も、表参道のある意味名スポットとして語られている。現在では公園として利用できないのかと整備が行われているといいますが、数多くの墓地が存在する場所、それこ誰もが知っている有名な人物が眠っている霊園を散歩したくなるかは疑問だが。

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実は住まいとしてはあまり向いていない? 表参道